三陸の町は今・・・ [盛岡]
3.11のあの日から80日・・・
復旧の妨げになってはいけない・・・と、
近くにあっても行くことは考えませんでした。
でも・・・
被災地でボランティアの活動をしている人から
実際に自分の目で見てきた方がいい・・・と言われ、
邪魔にならないように・・・と平日の今日
宮古市→山田町→大槌町→釜石市と回ってきました。
宮古まで2時間
新緑がとても目に鮮やかで
ヤマフジやキリ(桐)のふじ色が眼にしみます。
違うことと言えば
自衛隊の車や大阪や広島のプレートがついた機動隊の輸送車、
神奈川県警・埼玉県警・北海道警の、パトカー
が、次々すれ違うのです。
三陸道から海辺の町へ降りていくと
何度もテレビで見ていたガレキの山が・・・
ずいぶん取り除かれ整地されてはいましたが
やはり生々しいものでした。
国道45号線を南下したのですが
左手は家々の土台のみが海まで続いているばかり・・・
右手は小高いところは家が残っているところもあるのです。
津波から逃れられるかどうかは何が違ったのでしょうか。
紙一重と思えました。
大槌町の波板海岸は太平洋にしては波の穏やかな海水浴場で
子供たちや両親と行ったことを思い出しました。
地震で地盤が沈下したためか、砂浜は消えてしまい
波が道路近くまで打ちつけていました。
頑丈な防波堤が砕けてぐちゃぐちゃになり
立派な水門のこちら側が津波ですっかり壊滅しているのに
堤防と水門は残っている・・・・・
つまり、波が堤防を乗り越えた・・・
山田や大槌は人気(ひとけ)がほとんどなく
パトカーだけが何台も見回っていました。
釜石は海に近い商店街が、
町並みは残っているけれど路地路地はガレキの山です。
電気がまだ来ていないのか、信号も点いていません。
もう80日も経っているのですよ。
津波の被害を受けたか受けないかによって
天と地ほどの違いを感じました。
いつになったら復旧するのでしょう。
復興なんてまだまだ・・
結局、被災地では車から一度も降りることもなく、
なるべく邪魔にならないように・・と通り抜けるだけでしたが
80日経った今の様子から
どんなにひどい災害だったのか改めて感じています。
津波想定より現実のほうがずっと大きいのは皮肉です!
もう少し時間がたってから
もう一度三陸の町を訪ねてみよう・・・
そう思いながら、
緑鮮やかな、田植えの終わった遠野の景色を見つめてきました。
今が一番美しい季節です。
2011-05-24 18:58
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コメント(2)
MUKUさま
つらい時間でしたね。行ってきた方は皆、聞くと見るとは大違いといいます。まだまだなのですね。 遠くにいるものは何ができるかと、まだ手をこまねいています。
by すやまママ (2011-05-29 01:09)
すやまママさま
車の中からだけなので、何分の一も感じていないのですが、
これからの変化を感じるためには原点をしっかり感じる必要がある
と思いました。せめて窓を開けて空気感を匂いを感じてくれば良かった
と後で思いましたが、その時は夢中で・・・
自分にとって何が変わったのか・・・・
まず・・・いろいろと整理が必要です。
大切なものがはっきりするように・・・・という感じです。
by MUKU (2011-05-30 10:13)